ドイツの科学者ユストゥス・フォン・リービッヒは、1840年に植物の成長速度・収量・全体的な健康状態はその植物の成長に必要な栄養素のうち最も不足している栄養素の供給量によって制限されることを発見し、報告しました。 現在の科学者たちは、その原則が人間や動物にも当てはまることを知っています。 この原則は「リービッヒの最小律」の名称で知られています。 リービッヒの最小律は多くの場合、植物の栄養不足を表すさまざまな長さの板が付いた樽で表されます。この樽では一番低い板の高さまで水(水は植物の成長、健康、および収量を表しています)で満たすことができます。 植物の成長は、不足している栄養素のレベルを上げない限りは、他の栄養素を追加で与えても向上せず、かえって悪影響を与える可能性もあります。 つまり収量は最も不足している栄養素のレベルにまでしか到達できず制限を受けるということです。
しかし、リービッヒが言ったのは実際の栽培現場に照らし合わせるとそれだけではないことを理解する必要がありました。 私たちが収量に制限を与えている栄養素に対処するために施肥するとき、最初に制限を与えている栄養素が何であるかを特定して施肥設計に組み入れて、「樽を一番上まで満たす」必要があったのは言うまでもないことでした。一方で病害に感染した樹木や樹勢が弱まっている樹木(訳者注:HLB(柑橘グリーニング病)当時フロリダの柑橘生産者を悩ませていた感染症の病害)に感染した樹木が多発)に対しては、健康な樹木に行っている通常の栄養バランスの取れた施肥設計をどうやって調整するか?に腐心しました。
過去数年間、私たちは訪問した柑橘の果樹園で数多く観察された栄養素の不足に対処するためのニュースレターを作成してきました。 その中で私たちは窒素、カリウム、カルシウムが樹勢の弱った樹木に対してどのように作用するのか?の観察に取り組みました。
どうしてこの様な観察に取り組んだのか? それは樹木の成長、収量、および柑橘類の「免疫システム」を介した病気の軽減のために3つの最も重要な栄養素は、窒素>カリウム>カルシウムの順番で有効であることが分かっていたからです。 この3つの栄養素の補給を行うことにより、HLB(柑橘グリーニング病)が大発生していた危機的な時期に実証された科学的研究に基づいて、フロリダの柑橘生産者の収量と樹木の健康(リービッヒの最小律:上のイラスト)を増大させようとしました。 しかしマグネシウム、ホウ素、亜鉛、マンガンが不足している果樹園も複数見られました。 また結実が良好な健康な樹木であっても果実が小さい果樹園もあり、カリウムの施用が不十分であることが分かりました。 主要栄養素の欠乏に加えて微量要素の欠乏にも対処しなければなりませんでした。
フロリダの柑橘生産者が適切な栄養管理が最も重要であり、樹木の健康と収量の鍵である、との結論に至ったことを非常に嬉しく思います。 適切な栄養管理を行えばそれが人間であれ植物であれ、免疫システムを通して病気と戦う能力をもともと持っています。 もちろん病気がひどいときには抗生物質が必要になります。 しかし人や植物が適切な栄養管理を受けておらず大きなダメージを受けてしまった場合には、抗生物質でさえ病気から快復させることはできません。病原体の攻撃に抵抗するとき、人も植物も適切な栄養管理を行って病原体に抵抗するだけの体力が維持されていなければなりません。 もし樹木に病原体に抵抗するだけの樹勢があれば追加の抗生物質の適用が有利な場合がありますが、コストの問題から抗生物質を優先させてしまいバランスの取れた栄養管理を怠った結果、樹勢を弱めてしまうのは本末転倒です。
私たちはリービッヒの最小律だけでは片づけられない栄養管理プログラムをさらに掘り下げなければなりませんでした。 それは何かと言うとHLB(柑橘グリーニング病)に感染した樹木に余分なストレスを掛けることなく反応を最大限に引き出す4R(4つのRight:適切な)栄養管理;すなわち、適切な原料で、適切な量を、適切な時期に、適切な場所へと言う4つのRに基づくバランスの取れた栄養管理でした。 私たちが制限されていると特定した栄養素(N:窒素、K:カリウム、Ca:カルシウム、Mg:マグネシウム、Zn:亜鉛、Mn:マンガン、B:ホウ素)について見てみましょう。
柑橘類はほとんどの野菜と同様にC3植物(訳者注:植物の二酸化炭素吸収のメカニズムによってC3植物とC4植物に分類される。一般的に高温・乾燥下ではC4植物の方がC3植物よりも光合成における二酸化炭素の使用効率が良いとされています)に分類されます。C3植物は生化学的にアンモニウムイオンの毒性の影響を受けやすいという特徴があります。 そのためトウモロコシ・サトウキビ等一部のC4植物を除き殆ど全てがC3植物に分類される野菜類と同様に、硝酸態窒素は柑橘類にとってアンモニア態窒素よりも好ましい窒素源となります。
この重要な情報は1999年にフロリダ大学の科学者によって発表されました。Yaraが行った試験・研究でもこの情報が正しいことが裏付けられています。 Yaraが2009年から2011年までの3年間で行った試験ではアンモニア態窒素源である硝安(AN)と比較して硝酸態窒素源の硝酸カルシウム(CN:Yaraの商品名カルシニット)を使用した場合の好影響を確認することができました。
柑橘にとって適切な窒素供給源である硝酸カルシウム(CN)を使用するとアンモニア態窒素源である硝安(AN)と比較したときに、すべての窒素換算量で果実の収量が増加しました。 柑橘類の要求に対応し、成長と収量に制限を与えるアンモニウムイオンのストレスを減らすには肥料原料の適切な供給源を考えることが非常に重要です。 硝酸カルシウム(CN)では窒素量が増加に伴って収量も増えましたが、硝安(AN)では窒素が一定量を超えると収量が落ちることが分かりました。ブラジルで行った最近3年間の実験によって硝酸カルシウム(CN)で窒素を成木に160kg/ ha与えると硝安(AN)で窒素をそれ以上に与えた場合と比較して、より高い収量が得られることが実証されました。
Yaraがフロリダで試験を行った期間中(2009年から2011年)では試験対象となった樹木は柑橘グリーニング病(HLB)に感染していませんでしたが、他のフロリダの柑橘生産者の多くは、硝酸カルシウム(CN)の硝酸態窒素を窒素源として使用した場合には、100%柑橘グリーニング病(HLB)に感染している樹木でも、果実の生産量がHLB感染前のレベルにまで増加していることを発見しました。
植物は通常窒素と同量のカリウムを必要とします。植物体内でカリウムは酵素を活性化させる働きがあり、タンパク質合成・光合成・水分調節・気孔運動、師部内の有機物輸送に関与します。 カリウムは病原体の攻撃に対する植物保護反応においても主要な役割を果たします。 また果実重量にもカリウムが関係しています。一般的にカリウムが不足した状態で作物を栽培すると、水や窒素は十分に足りていたとしてもそれらを効率的に使用できず、収量も上がりません。したがって、果実のサイズと重量を最大化するためには十分なカリウムを施用する必要があります。 同時に適切な原料のカリウムを与えることが重要です。 柑橘グリーニング病(HLB)に感染した樹木は発根システムが弱いため、追加のストレスを与えない様にすることが大事です。 塩化カリウムはすべてのカリウム源の中で最も高い塩分指数を持っており柑橘類の根に悪影響を与える可能性があります。 硫酸カリウムは非常に有益なカリウム源であり、柑橘類にとって6番目に重要な栄養素である硫黄を供給します。
カルシウム(Ca)は、柑橘グリーニング病(HLB)に感染した柑橘類のバランスの取れた栄養プログラムで最も重要な栄養素の1つです。 細胞分裂や有糸分裂はカルシウムなしでは起こりません。 植物の細胞壁と原形質膜はカルシウムがないと脆くなり、病原体への耐性が弱まります。さらに水と栄養素の吸収効率が低下します。植物の主要な養分吸収容器である根毛は成長するためにカルシウムを必要とします。 以下の写真はカルシウムが根毛の発達のために重要な役割を果たしていることを示しています。 また水溶性のカルシウムが成長中の木から取り除かれると、芽、葉、そしてさらに深刻なことに根が弱ってきます。柑橘グリーニング病にやられて機能を失った根を健康な根に置き換えていくために根を継続期に成長させる必要があり、カルシウムはそのための重要な栄養素です。
カルシウムの働きのなかで何よりも重要なのは、柑橘グリーニング病(HLB)などの感染性の病害に対して、植物が持つ防御メカニズムを発動させるためのメッセンジャーの役割をカリウムとともに行っていることです。したがって植物が免疫効果を発揮するためには、適切な水溶性のカルシウムとカリウムを施用する必要があります。 興味深いことに、柑橘グリーニング病(HLB)に感染した樹木はすべて実質的にカルシウム欠乏が起きていました。
樹木を健康に保ち果実を生産するには、最適な光合成が必要です。 光合成を行うためには葉緑素(光を吸収しエネルギーに変換する化学物質)が必要ですが、マグネシウム(Mg)イオンは葉緑素の分子の中心に組み込まれており、それなしでは光合成を行いません。 植物は二酸化炭素(CO2)から炭素を取得します。 しかしC 3植物に分類される柑類は二酸化炭素を得るためにルビスコ(RuBisCO)酵素を必要としますが、マグネシウム(Mg)によって活性化されない限りルビスコ酵素は機能しません。マグネシウム(Mg)はさらに、植物のエネルギー化合物であるATPにも必要です。 つまりマグネシウムは植物が光合成をおこなうために不可欠な栄養素であり、不足すると植物の成長以外に果実の収量にもダメージを与えます。 マグネシウムは柑橘類の栽培において4番目に重要な栄養素と考えられています。
微量栄養素も柑橘類の栄養に重要な役割を果たします。 ごく微量ですがホウ素(B)は細胞分裂、ホルモン合成、タンパク質合成、開花、結実、そして非常に重要なことに、デンプンと糖のバランスに必要な栄養素です。ホウ素とカルシウムはこれらの機能の多くで連携して機能します。 亜鉛(Zn)は、タンパク質とホルモンの合成、葉緑体の形成、細胞の伸長、および酵素の活性化に必要です。 マンガン(Mn)は、酸化/還元反応、窒素と二酸化炭素の利用と同化、および葉緑素合成のための補酵素(コエンザイム)として必要です。私たちはこれまで訪問した沢山の柑橘果樹園での微量要素欠乏の観察によって、上記のような微量栄養素の重要性を知ることができました。
しかし上記のすべての情報は、4R栄養管理(4つの適切な栄養管理)の概念にしたがってバランスの取れた植物栄養管理を行わない限り何の意味もありません。
ここでは4Rのうち、窒素を例に取って適切な時期(Right Timing)のみご紹介します。
(訳者注:フロリダでのオレンジの事例となります)
適切な窒素施用時期
9月中旬~10月:翌春の萌芽の前に樹木に栄養貯蔵させるために総窒素量の30%を施肥
1月下旬~2月上旬:越冬後の樹木の成長/健康のために総窒素量の20%を施肥
3月中旬~4月上旬:着果と樹木の健康維持のために総窒素量の30%を施肥
5月下旬~6月上旬:雨季前の樹木の健康、果実の生育のために総窒素量の20%を施肥
ビル・イースターウッド
北米Yara 営農サービスセンターディレクター
Bill Easterwood
Director of Agronomic Services, Yara North America
4R栄養管理とは
Yaraは4RNutrient Stewardship(4つの適切な栄養管理を推奨する団体)の協賛会員です。4R(4つの適切な)とは、適切な肥料源、適切な施肥量、適切な時期、適切な場所を意味し、4Rの枠組みを通じて適切な肥料使用を行うことを目指しています。
4R(4つの適切な)栄養管理とは何か?
4R Nutrient Stewardshipは、生産量の増加・生産者の収益性の向上・環境保護の強化・持続可能性の向上など、作付体系のゴール(究極目標)を達成するための枠組みを提供します。
これら目標を達成するために、4Rのコンセプトには以下の意図が含まれています。
•適切な肥料源
→作物の要求にあった肥料のタイプを選択する
•適切な施肥量
→作物が成長に必要とする量の肥料を与える
•適切な時期
→作物が必要としている時期に肥料を作物に吸収できる様にする
•適切な場所
→作物が栄養素を利用できる様に肥料を配置する
適切に管理された施肥体系は、経済的・社会的・環境的利益をもたらします。 その反対に管理が不十分な施肥体系は、収益性の低下・肥料ロスの増大・水や大気など環境に負担を掛けてしまうリスクがあります。
4R栄養管理には肥料の使用効率を最適化するベストマネジメントプラクティス(BMP)の実行が必要です。 肥料BMPの目標は養分供給を作物の要求と一致させ、圃場からの養分流失を最小限に抑えることです。 BMPの選択は圃場によって異なり、圃場がある地域の土壌や気候条件・作物管理条件およびその圃場特有の要因によって異なります。
4R NutrientStewardshipの詳細、協賛企業
本記事は、Yara米国法人提供の農業科学情報をGRWRSが翻訳、記事化し掲載しております。
Yara International ~世界最大の老舗肥料メーカー~
Yara Internationalは、ノルウェーに本社を置く世界最大の老舗肥料メーカー。
しかし、ただ肥料を供給しているだけではありません。世界人口の増加や 異常気象・地球温暖化といった問題により生産環境・食料事情が厳しくなる中で、「環境に優しい農業」をどうやって実現するのか?という課題に取り組んでいる「環境企業」でもあります。
また、Knowledge Grows というスローガンのもと、100年を超える長い歴史を通じ、世界各国の農業者にアグロノミー(農業科学)の最先端の情報を惜しみなく提供してきました。肥料メーカーでありながら、その本質は情報提供者であり地球環境を真剣に考える教育者・啓蒙者でもあります。