農業からのアンモニア排出量の削減

空気中に失われるアンモニアは植物の成長に欠かせない窒素が失われたということになります。 同時にアンモニアの揮発は環境への負担となり人間の健康にも影響を及ぼします。 したがって、アンモニアの排出を減らすことは生産者にとっても社会にとってもメリットとなります。



アンモニア排出の何が問題となるのか? アンモニアの排出は環境への負担となり植物の成長にとって貴重な窒素の損失ということです。 したがって肥培管理でアンモニアの損失を減らすことが出来れば2点のメリットが生まれるということになります。

アンモニアの揮発の原因と結果とは正確には何を意味するか?

アンモニアについて
•アンモニアは窒素と水素が結合した反応性の高い刺激性ガスです。 その化学式はNH3です。 アンモニアは基本的に生物の生命活動で必然的に発生するものであり低濃度では問題になりません。 しかし大気中へのアンモニアの揮発は、農業、生態系、および人間の健康に悪影響を及ぼします。
•農地からのアンモニアの揮発は植物の成長のために必要な窒素の損失です。 したがってそれは生産者にとってみれば損失を最小限に抑える必要があるコストと言えます。
•アンモニアは空気中の湿度と反応してアンモニウムイオン(NH4+)を形成します。 アンモニウムイオンの沈着は土壌と水の酸性化を引き起こします。
•アンモニウムイオンの沈着は生態系の浄化能力を劣化させ、富栄養化を引き起こします(つまり過剰な栄養供給が藻類の増殖などにつながります)。
•アンモニアは硫酸や硝酸などの他の大気汚染物質と結合して粒子状物質(PM)を形成します。 それは数日にわたって大気中にとどまり長距離を移動します。 粒子状物質(PM)は呼吸器疾患の一因となります。

農業から排出されるアンモニアは社会にとっても高いコストとなります。 欧州での窒素の影響調査によると、健康被害に対するコストは排出窒素1kgあたり12€(ユーロ:約1,600円 \133/€換算)、生態系への被害に対するコストは2€(ユーロ:約266円 \133/€換算)と推定されています。

アンモニアはどこから排出されるのか?

農業
EU域内のすべてのアンモニア排出量の94%は農業によるものです。 残りの6%は、廃棄物処理、道路輸送、および産業用途からのものです。
畜産(Livestock): 家畜の排泄物には大量のアンモニアが含まれています。 これらは、EU域内の農業からのすべてのアンモニア排出量の75%の発生源です(図1)。 畜産からの排出量を減らすことがもちろん重要ですが、ここでは農業分野のアンモニア排出の22%を占める無機肥料(Mineral Fertilizer)に焦点を当てて話をします。

EU域内のアンモニア排出量の合計(左)と農業からの排出量(右)

図1:無機肥料から出るアンモニア排出はEU域内の農業からのすべてのアンモニア排出量の22%を占めています。 無機肥料からアンモニアが排出される原因は、肥料から土壌に溶解したアンモニウムイオンがガス化してアンモニアに変換されるためです。 アンモニアへの変換速度は土壌のpHレベルによって変わります。 土壌のpHレベルが高いほどより多くのアンモニウムイオンがアンモニアに変換されます。

また温度が高いほどより多量のアンモニアが大気中に失われます。 無機窒素肥料は、アンモニウムイオンを直接含む肥料(硫安(AS)、硫硝安(ASN)、硝安(AN)、硝酸アンモニウムカルシウム(CAN))と散布後に土壌中でアンモニウムに変換される肥料(尿素(Urea)、および尿素硝安(UAN))に分類されます。 いずれにせよこれらの肥料は原則的にアンモニア損失の影響を受けます。 その中でも尿素(Urea)は特にアンモニアが揮発しやすい傾向があります(図3)。




図2:尿素が加水分解することによりアンモニウムイオンが溶け出し、それにより一時的かつ局所的に土壌のpHが上昇します。pHは酸性土壌でも上昇しそれに伴って更にアンモニアへの変換(損失)が増加します。

15°Cを超える温度では尿素の加水分解が速くなり、土壌中で局所的にアンモニア濃度が上昇し、揮発するようになります。 8°C未満の温度では尿素からアンモニアへの変換スピードが遅くなりますが、その後のアンモニアから硝酸イオンへの硝化スピードも遅くなります。結局のところアンモニアの状態で留まる時間が長くなることによりアンモニア濃度の上昇と揮発が発生することになります。 乾燥状態は土壌中のアンモニアの拡散を減らすことになりますが、それは大気中に揮発する量が増加するということに他なりません。 対照的に尿素散布後の降雨は揮発を低減します。 添付している資料はヨーロッパ地域で数々行ったフィールドテストでの平均値を示しています




図3:すべての無機窒素肥料は最終的に硝酸イオン(NO3-)に変換されます。
アンモニウムイオン(NH4 +)は窒素肥料成分として直接含まれているか、尿素から土壌中で変換される中間化合物のどちらかです。 アンモニウムイオンは土壌溶液中のアンモニア(NH3)と平衡状態にあります。 pHが高くなればなるほど平衡状態はアンモニアに有利に傾きます。(揮発量が増えます。) 尿素硝安(UAN)は硝安(AN)と尿素(Urea)の混合物であるため上記図のすべてに関連します。 図4は、さまざまな無機肥料から出るアンモニアの揮発量をまとめたものです。 硝酸アンモニウムカルシウム(CAN)と硝安(AN)は窒素肥料の中では比較的アンモニアの排出率が低いです。


窒素無機肥料別アンモニア排出%
(%:散布時の窒素のうちアンモニアとなって揮発する割合)



図4:通常の土壌(pH≤7)に散布されたさまざまな窒素肥料のアンモニア排出係数[3] [4]。 図5は、欧州環境機関によって定義された排出係数に従った主要な無機肥料からのアンモニア排出量を示しています。 尿素(Urea:53.7%)と尿素硝安(UAN:18.4%)を合わせると、これらの排出量の72%を占めますが、硝酸アンモニウムカルシウム(CAN)と硝安(AN)の排出量はそれぞれ2.9%と4.6%にすぎません。


無機肥料から出るアンモニア排出量


図5:標準排出係数によるヨーロッパの無機肥料による2014年のアンモニア損失。 肥料による全体的なアンモニア損失の72%は、尿素(Urea)とUAN(尿素硝安)からのものです。 NPK化成肥料(上記の表のその他(Other))からのアンモニア排出量は、組成(配合かBBか、尿素ベースか硝酸塩ベースか)によって異なり、硝酸塩ベースの配合肥料が最も排出量が少なくなります。 [3]。
ヨーロッパでの取組みーNEC(各国での排出制限:National Emission Ceilings)とは
大気汚染は長距離を移動し国境で止まることはありません。 それは地球上でも立場が弱く脆弱な環境にいる人々の健康に最も影響を及ぼし、酸性化と富栄養化の原因となります。 この問題に取り組むためにEU各国が連携して取り組む指針を定めています。

排出上限の設定
EU(欧州連合)は大気汚染を管理するための法律をいくつか制定しています。 2001年に制定したNEC(National Emission Ceilings)指令では主要な汚染物質について国ごとの排出上限を設定しました(表1を参照)。 2016年に発令された指令では国ごとに追加の削減目標を設定しました。 2020年時点と2030年時点で達成する削減目標は、2005年に計測された実際の排出量に基づいて計算され制定されました(図5)。


EUのアンモニア排出制限(NEC指令)


図6:EUのアンモニア排出量は過去20年間で緩やかに減少しています。 2016年のNEC指令は2020年の時点と2030年の時点での国家ごとの削減目標をそれぞれ設定しています。 NEC指令で定められた現状と目標を表2にまとめています。 一部の国(フランスなど)では尿素(Urea)と尿素硝安(UAN)の広範な使用により2005年以降アンモニア排出量が逆に増加していることは注目に値します。


NEC 2016 よるアンモニアの実際の排出量上限および削減目標。


図7:肥料の有効使用、肥培管理によってアンモニアの排出は大幅に削減できます。 土壌に保持されている窒素1kgごとに窒素効率と植物の取り込みが増加します。

アンモニア削減を実現するための実際的な対策とは何か?
窒素の形態によりアンモニア排出量が異なる

尿素
施肥によるアンモニア排出量の72%以上は尿素(Urea)と尿素硝安(UAN)が原因です。 硝酸アンモニウムは尿素よりも単位窒素あたりのアンモニア排出量が90%少なくなります。 すべての尿素とUANを硝酸アンモニウムに置き換えると、ヨーロッパでの施肥による全体的なアンモニア損失の63%をセーブ出来る計算になります。つまり硝酸アンモニウムに置き換えるだけで約470ktものアンモニア排出を削減できます。これが施肥でのアンモニアの排出を削減するための唯一無二の最も効果がある方法です。 アンモニアの揮発リスクが高い場合は硝酸アンモニウムカルシウム(CAN)か硝安(AN)を使用することが推奨されます。

ウレアーゼ阻害剤(Urease Inhibitors)
ウレアーゼ阻害剤は尿素の加水分解のスピードを遅らせます。 したがって土壌への拡散に掛かる時間が長くなりアンモニア濃度が相対的に抑えられるため、pHの緩衝に利用できる土壌の量が増加します。 ウレアーゼ阻害剤は尿素からのアンモニア損失を約70%、UANからのアンモニア損失を約40%軽減することができます。 このため新しいドイツの肥料条例では2020年以降に尿素を施肥する場合はウレアーゼ阻害剤を使っているものを使用するか、土壌表層へのばら撒きの禁止(側条施肥か全層施肥で土壌中に尿素を施肥する)のいずれかにすることが義務付けられています。 ただしその場合でもアンモニアの排出量は、硝酸アンモニウムカルシウム(CAN) /硝安(AN)の排出量の3倍以上にとどまっています。

ウレアーゼ阻害剤は自然環境への影響および農業生産のROI(費用対効果)を改善することができますが、散布精度や固結し易いといった品質上の問題など尿素が持つ他の弱点を克服することはできません。 さらに尿素に対するウレアーゼ阻害剤のアンモニア排出抑制の効果は主張されているよりもはるかに低い可能性があるというリスクを排除することは出来ません。

肥料成分を無駄なく作物に与える
尿素を側条施肥か耕土と同時に全層施肥する方法を取ることで大気への露出を減らし、アンモニアの大気中への揮発による損失を最大で70%減少させることが出来ます。 ただしこの場合でもアンモニアの排出量は硝酸アンモニウムカルシウム(CAN) /硝安(AN)の排出量の3倍以上にとどまることには変わりありません。 施肥深度と土壌の物理性(大気と混和し易いか)によって、アンモニア揮発を防ぐ効果に影響を与えます。

気象条件
尿素を散布する際は高温時、風の強い時、また降雨がしばらく期待出来ないタイミングは避けることが賢明です。 乾燥した土壌では土壌中でアンモニウムイオンの分解(土壌中への拡散)のスピードが遅くなる分、大気中へのアンモニアの揮発損失が大きくなります。 湿気のある土壌はアンモニウムイオンの分解スピードを上げ土壌中への拡散効率を改善します。 尿素散布直後の降雨は土壌中に肥料成分が速やかに行き渡りpHの上昇ピークを緩和することによってアンモニアの排出を大幅に削減します。

15°C以下の涼しい気候では土壌中で尿素からアンモニア態窒素に変化する分解スピートが落ちるため、この結果だけを切り取ればアンモニアの揮発損失を抑制するということが言えます。但しその反面、春先に低温が続くと硝化(尿素→アンモニア態窒素→硝酸態窒素への変換)プロセスが遅くなるため、通常時期よりも多くのアンモニアが土壌に残ることに繋がり、高温になった時に一気に揮発して損失する潜在的なリスクとなります。

土壌条件
アルカリ性土壌(高pH)は、揮発損失が大きくなります。 したがって尿素と尿素硝安(UAN)は高pH土壌への散布は環境配慮の観点からすると慎むべきです。

分施
肥料散布を何度かに分けることによって、アンモニア濃度の急上昇と揮発のリスクが軽減されます。

結論
1. 硝酸イオンベースの肥料の使用と分施は大気へのアンモニアの損失を軽減するための最も効率的な手段です。
2.ウレアーゼ阻害剤は尿素からのアンモニアの揮発を低減しますが、硝酸アンモニウムよりも揮発低減効果は劣ります。

一目でわかる窒素化合物
NH3 アンモニア: 土壌の酸性化、富栄養化、地表オゾン、および二次粒子状物質の前駆物質を引き起こす刺激臭のあるガスと大気汚染物質。
NH4 + アンモニウムイオン: 土壌溶液中に低濃度で見られ、粘土鉱物などのマイナスイオン分子と結合して土壌中に固定され易いプラスイオン。
NO3- 硝酸イオン: 土壌溶液に含まれるマイナスイオン。植物に吸収され易い窒素形態。
N2O 亜酸化窒素: 二酸化炭素(CO2)の300倍強力な温室効果ガス。
NOx 窒素酸化物: 一酸化窒素(NO)と(二酸化窒素(NO2)の両方を示す略語。対流圏オゾン(ground-level ozone)と粒子状物質(PM: particulate matter)を引き起こす重要な大気汚染物質。
N2 窒素: 大気中に豊富に存在する非反応性ガス

参考文献
[1] Brink C、van Grinsven H(2011):環境中の窒素のコストと利点。 欧州窒素評価、第22章、ケンブリッジ大学出版局
[2] Bouwman A F、Boumans L J M、Batjes N H(2002):耕作地および草地に施肥された無機肥料および家畜糞尿から排出される地球上のアンモニア揮発の推定、全地球生物化学循環、16、1-15
[3] Hutchings N、Webb J、Amon B(2016):EMEP / EEA大気汚染物質排出量ガイドブック
[4] Bittman S、Dedina M、Howard CM、Oenema O、Sutton MA(2014):アンモニア排出緩和のオプション。 英国エジンバラの生態学および水文学センター、第8章、反応性窒素に関するUNECEタスクフォースからのガイダンス

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本記事は、Yara英国法人提供の農業科学情報をGRWRSが翻訳、記事化し掲載しております。

Yara International ~世界最大の老舗肥料メーカー~

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しかし、ただ肥料を供給しているだけではありません。世界人口の増加や 異常気象・地球温暖化といった問題により生産環境・食料事情が厳しくなる中で、「環境に優しい農業」をどうやって実現するのか?という課題に取り組んでいる「環境企業」でもあります。

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